夏休みの終わりに、寺子屋の教育を思う
今年も、学校の夏休みが終わろうとしています。
この夏も、本当に暑い日が続きました。「猛暑日」を超える「酷暑日」という言葉まで、すっかり耳慣れたものになりつつあります。
それでも夏休みの間は、街中で子どもたちの姿をよく見かけました。夕方に散歩をしていると、家族そろって出かけている様子も目にします。それぞれに、夏の思い出をつくることができたでしょうか。
いよいよ学校では始業式を迎えます。子どもたちは、無事に宿題を終えることができたでしょうか。
水泳に明け暮れた子ども時代
私が子どもの頃は、夏休みになると水泳に明け暮れていました。
毎日のように学校のプールへ通い、練習を続けることが当たり前でした。大会にも出場し、それなりに良い成績を残したこともあります。
しかし、その頃の私は、それが特別にすごいことだとは思っていませんでした。
「毎日これだけ泳いできたのだから、大会でもそれなりに泳げて当たり前だ」
そんな感覚だったのだと思います。
それでも、親や近所の大人たちが褒めてくれるのは、やはりうれしいものでした。振り返ってみれば、泳いだ記憶だけでなく、自分の頑張りを見守り、認めてくれる大人たちがいたことも、大切な夏の思い出になっています。
今の子どもたちの夏休み
今の子どもたちは、夏休みも学童保育で過ごしたり、習い事へ通ったりすることが多いようです。
もちろん、家族で旅行をしたり、自然の中でさまざまな体験をしたりする機会もあったことでしょう。
教員をしていた20年ほど前、夏休みの終わりが近づくと、長い休みに少し退屈して、「早く学校が始まらないかな」と思っている子どももいました。
一方、学校の先生たちは、いよいよ本格的に学校が始まるという緊張感が高まっている頃でしょう。親御さんの中には、「やっと学校が始まる」と、少しホッとしている方もおられるかもしれません。
子ども、保護者、先生。それぞれに異なる思いを抱えながら、新しい学期を迎えます。
夕暮れの海辺で考えたこと
この夏、私は日中の暑さを避け、ほとんど外へ出ませんでした。
その代わり、夕方になると海辺まで歩き、沈んでいく夕陽を眺めながら、アイスコーヒーを飲むことが日課になりました。

そんな時間の中で、ふと思いました。
明治以前の子どもたちは、どのような夏を過ごしていたのだろう。
現在の学校のような長い夏休みはなかったでしょうが、地域の暮らしや家の仕事を手伝いながら、自然の中で遊び、寺子屋などで学んでいた子どももいたことでしょう。
そうして思いを巡らせていると、江戸時代の寺子屋教育について紹介した動画に出会いました。
崩し字を読みこなした子どもたち
私自身、古文書を読む機会がありますが、昔の文字は、一つの漢字にもさまざまな崩し方があります。
ひらがなも、現在のように一つの音に一つの文字が定まっていたわけではなく、元になった漢字がいくつもあります。同じ音でも異なる形の文字が使われているため、それを読み解くのは至難の業です。
現代の学校教育しか受けていない私には、古文書の崩し字は簡単には読めません。
ところが、寺子屋の子どもたちは、そうした文字を繰り返し読み、書きながら身につけていました。
江戸時代の識字率について正確な全国統計を示すことは難しいようですが、当時の日本が世界でも有数の高い識字力を持っていたことは、広く知られています。
寺子屋では、全員が同じ教科書を同じ速さで学んだわけではありません。商人の子ども、農家の子ども、職人の子どもなど、それぞれの暮らしや将来に必要な読み書き、そろばんを学びました。
それは、単に知識を覚えるための教育ではなく、生きていくための力を身につける教育だったのでしょう。
教育の本質とは何か
寺子屋の教育を知ると、そこには「教育の本質」と呼べるものがあったように思います。
一人ひとりの違いを認め、その子の暮らしや成長に必要なことを学ばせる。年齢の違う子どもたちが同じ場所で学び、互いの姿を見ながら育っていく。そして、読み書きだけでなく、礼儀や人としてのあり方も身につけていく。
現在の学校教育は、制度も設備も教材も、当時とは比べものにならないほど整っています。
それでも、不登校の増加、教職員の多忙化、画一的な学習、子どもたちの体験不足など、さまざまな問題を抱えています。国の教育施策に起因する問題も、決して少なくありません。
AIが急速に普及し、これまでの学び方そのものが問い直されようとしている今、私たちは改めて考える必要があるのではないでしょうか。
学校は、何のためにあるのか。
子どもたちは、何を学ぶべきなのか。
そして私たち大人は、子どもたちにどのような力を手渡していくのか。
夏休みの終わりに寺子屋の教育を知り、現代の教育がこれからどこへ向かうのか、あらためて考えさせられました。




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