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澄んだ空と、こたつの上の地球儀


冬の合間、ふと外に目を向けると、雲の切れ間から鮮やかな青空がのぞいていた。道端にはまだ、数日前の雪が固まって残っている。外に出ると風は刺すように冷たいが、空の明るさが「春は遠くない」と教えてくれているようだ。

街から数少なくなった書店へ足を運ぶと、知育玩具のコーナーに地球儀が置かれていた。ふと、テレビのニュースを観ながら熱心に世界の情勢を追っている、八十を過ぎた母の顔が浮かんだ。

手に入れたのは、子供向けに分かりやすく色分けされた地球儀。 ただ、いかんせん文字が小さいのが気にかかる。かといって、あまりに大きなものは場所をとり、高齢の母には扱いづらいだろう。

結局、母はこたつに座り、テレビを眺めながら、もう片方の手には虫眼鏡を握りしめている。レンズ越しに、等高線の引かれた小さな球体をじっと覗き込む。

「アメリカはここ、アラスカはあっち……」 「グリーンランドはこんなに広いのね」 「ベネズエラに、イラン、イスラエル……」

ニュースで流れる国々の名前を、一つずつ指先で確認していく。その姿を見ていると、幾つになっても失われない知的好奇心というものに、静かな尊敬の念を抱かずにはいられない。

母は時折、「また忘れちゃった、もうボケたわ」と自嘲気味に笑うことがある。 それでも、冬の合間の雪かきに汗を流し、コーラスで声を出し、俳句を詠んで季節を愛でる。本人は「めんどくさいわ」とこぼすこともあるが、その「面倒なこと」の積み重ねが、彼女の毎日を彩り、若々しさを繋ぎ止めているのだと思う。

唯一、定期的な診察のたびに山のように処方される薬の包みだけは、傍らで見ていて少しばかり気がかりではあるけれど。

冬の明るい陽射しが、こたつの上の地球儀を照らしている。 小さなレンズを通して世界を旅する母の背中を見ながら、これからもこんな穏やかで豊かな時間が続いてほしいと、残雪の残る道を歩きながら願った。


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