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世界は大きな転換点にあるのか ― イラン戦争とカダフィの記憶

世界の転換点  中東戦争と日本の行方
世界の転換点  中東戦争と日本の行方

世界は大きな変革の時代に入っている。イラン戦争が長期化し、中東では相変わらず戦禍が絶えない。戦争の姿もこれまでとは大きく変わり、AI兵器やドローンが主役となり、サイバー空間でも見えない戦いが繰り広げられている。一方でゲリラ的な戦いも続き、戦場はますます複雑になっている。そしてその裏側には、必ずと言っていいほど覇権国の思惑が見え隠れする。世界はまさに大きな転換点の中にあると言えるだろう。

そんなことを考えていると、一人の人物を思い出す。「リビアの狂犬」。これはリビアのカダフィ大佐につけられた有名な蔑称である。しかし彼は本当に狂った独裁者だったのだろうか。以前、国際政治評論家の中丸薫氏を米子に招き、直接お話を伺ったことがある。その後、中丸氏が発行していた国際問題研究所の機関誌を読んでいた時期もあった。中丸氏は実際にカダフィ本人と会い、対談も行っている。

その話によると、報道されるような狂気の独裁者ではなかった

そして2011年、リビア内戦が起こる。報道では「アラブの春」と呼ばれ、民主化の象徴のように世界に伝えられた。

しかしその実態は、西側諸国によるカダフィ排除の側面が強かったとも言われている。

その後のリビアは政情が安定したとは言い難く、むしろ混乱が続いているという話も聞く。

中東の悲劇はこれからも続くのだろうか。一方で日本を見ると、一見平和な日常が続いているように見える。しかしこの平和の裏側でも、激しい国際的な攻防が行われている。その一つがエネルギー問題だ。原油価格は依然として高止まりしており、このままではインフレの圧力はさらに強まるだろう。

春闘では賃上げ要求がほぼ受け入れられたと報道されているが、それで本当に豊かな暮らしになるのだろうか。そもそも労働組合という存在も、時として社会の分断を強める役割を果たすことがある。

昨日、江戸時代の古文書を読んでいた。そこには享保の改革における倹約令が記されていた。もし現代でも同じような政策が行われれば、日本人の暮らしは大きく変わるかもしれない。日本の政治がアメリカとの関係の中でどのように進んでいくのか、不安を感じる場面も少なくない。

世界のATMのような立場のまま、国民は五公五民のような負担を背負い続けるのか。それとも別の道があるのか。

今年の春分の日。私はそれが一つの大きな結節点になるような気がしている。同じ世界に生きていても、これからは人によってまったく異なる生き方が現れてくるのではないだろうか。


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