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彼岸の入り、墓に飾る「しぶき」が語る日本人の祈り


春の光に包まれた墓地。石塔の周りにはすでに多くの「しぶき」が供えられていた。
春の光に包まれた墓地。石塔の周りにはすでに多くの「しぶき」が供えられていた。

彼岸の入りの日。空は雲ひとつない晴天でした。

この日は毎年のように墓の掃除と花を飾りに行きます。春と秋、年に二回の彼岸には必ず墓参りをするのが、我が家の習慣です。

父が亡くなって四回目の彼岸になります。今回は実家の母と一緒に墓地へ向かいました。

墓地にはご先祖の石塔がずらりと並んでいます。古い小さな石塔は、もはや誰のものか分からないものもありますが、それでも毎回花を供えます。長い年月の中で受け継がれてきた命の連なりを思うと、自然と手を合わせたくなるのです。

墓に飾る花と一緒に、必ず添えるものがあります。「しぶき」と呼ばれる木の枝です。

店には彼岸用の花とともに、この「しぶき」が並んでいます。山陰地方の呼び方のようですが、正式には「ヒサカキ」という常緑樹だそうです。



山陰では墓に「しぶき」を飾る。正式にはヒサカキという常緑樹。静かな祈りの象徴のように緑が墓前に立っている。
山陰では墓に「しぶき」を飾る。正式にはヒサカキという常緑樹。静かな祈りの象徴のように緑が墓前に立っている。

山陰では墓に「しぶき」を飾る。正式にはヒサカキという常緑樹。静かな祈りの象徴のように緑が墓前に立っている。一年を通して緑を保つその姿から、強い生命力や神気が宿る木として昔から大切にされてきました。神社の神事で使われる「榊(さかき)」にもよく似ています。

自然の中に神聖なものを見出してきた、昔の人の感覚がそこにはあるように思います。

母はこういうことについて、いつも同じことを言います。「昔からしていることだからね」と。

理由を説明するわけではありません。ただ、ずっと昔から続いてきたことを、同じように繰り返しているだけ。しかし、その言葉の中には長い時間の重みが感じられます。

墓地に着くと、すでに多くの石塔の周りに「しぶき」が供えられていました。同じように墓参りに来た人たちが、静かに手を合わせている様子が見えます。

今年の彼岸の中日は三月二十日。春分の日で祝日です。

昼と夜の長さがちょうど同じになる日。昔からこの日が特別な日として大切にされてきた理由も、なんとなくわかる気がします。

「寒さ暑さも彼岸まで」

よく聞く言葉ですが、この日はまさにそんな一日でした。快晴の下で墓の掃除をしていると、汗ばむほどの陽気です。そして同時に、花粉が大量に飛んでいることも実感します。

いよいよ春本番。そんな空気が辺りに満ちていました。

ご先祖に手を合わせ、静かな時間を過ごす。そしてまた、激動の現代を生きていく。

彼岸とは、そんな節目の時間なのかもしれません。


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