【為替というもの―数字の向こうで起きていること】
- ふなっきぃ
- 1月27日
- 読了時間: 3分

最近、「レートチェック」という言葉がニュースに出ました。
それをきっかけに、為替が一時的に大きく動き、
急激な円高が起きた場面もありました。
しかし、これは一時的な反応にすぎません。
為替というものは、
一つの発言やニュースで方向が変わるほど、単純ではないのです。
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【円安は、避けられない流れにある】
選挙が間近になるにつれ、
政府の方針はよりはっきりしてきます。
それは、積極財政です。
財政出動を続け、国債を発行し、
景気を下支えする。
この流れの中で、円安が止まる理由は見当たりません。
円安は、失敗ではなく、
選択された結果だと言えるでしょう。
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【インフレは続き、恩恵と痛みは分かれる】
円安とともにインフレは続きます。
輸出企業は利益を増やします。
海外で稼いだ通貨を円に換えれば、
数字は大きくなるからです。
一方で、
国民の生活は楽になるでしょうか。
食料、エネルギー、日用品。
あらゆる物価が上がり、
生活は確実に苦しくなっていきます。
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【見えないところで膨らみ続ける負担】
社会保障費は、
目に見えない形で増え続けています。
保険料、自己負担、間接的な支出。
気づかぬうちに、
手元に残るお金は減っていく。
その結果、
日本社会の貧富の差は、さらに広がっていく。
これは為替の問題であると同時に、
社会の構造そのものの問題です。
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【人口が減れば、高齢者も働く社会になる】
人口減少が進めば、
高齢者も働かざるを得なくなります。
これは美談でも努力論でもなく、
構造的な必然です。
働ける人が働く。
そうしなければ、社会が回らなくなる。
それが、これからの現実です。
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【それでも、通貨は意味を失っていく】
為替レート、株価、GDP。
それらは確かに重要な指標です。
しかし、
通貨はやがて、単なる数字になります。
お金があっても、
安心がなければ意味がない。
物があっても、
心が満たされなければ虚しい。
数字が増えるほど、
本当に必要なものは、
かえって見えにくくなっていきます。
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【人間として必要なものへ】
この時代に必要なのは、
為替を当てる能力でも、
経済を言い当てる知識でもないのかもしれません。
誰と生きるか。
何を食べるか。
どんな一日を送るか。
人間として必要なものを、選び直すこと。
そのために、
私たちは今、
大いなる断捨離を迫られているように思います。
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【おわりに――今日のごはんに感謝する】
為替は動き、
社会は揺れ、
不安は尽きません。
それでも、
今日、ちゃんと食べるものがある。
誰かと、あるいは一人で、
ごはんを口に運ぶことができる。
それだけで、
生きている理由は十分なのかもしれません。
今日のごはんに感謝する。
その感覚を失わないことが、
この時代を生きるための、
いちばん確かな指針なのだと思います。


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